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親の雑誌ブログ

自分史(親の雑誌)取材担当者のご紹介 Vol.4

『親の雑誌』で、あなたのお話、お聞かせくださいませんか。
―親の雑誌スタッフ:田中小夜子

自分史作成サービス『親の雑誌』では、2015年5月のサービス開始以来700人を超える親御様の自分史作成をお手伝いしてきました。今回は、制作に関わるスタッフの中から取材や原稿作成を担う「田中小夜子」をご紹介します。

●Profile:たなか・さよこ 東京都出身。北海道うまれ。遠距離から同居まで10年以上にわたり親の介護をしてきた。6年前、父が他界。残された母との会話にむずかしさを感じていたとき、兄が出演したテレビ番組「ワールドビジネスサテライト」が縁で、自分史作成サービス『親の雑誌』を提供する会社「こころみ」と出会う。親御様の大切な思いをかたちにする、この仕事によろこびを感じている。

こころみとの出会い

就職して3日で退職。
そんな自分を反省し、
スキルを身に着け、医事コンピューターの講師に

父が転勤族だったので、北海道から四国へ、最後に東京と、幼稚園も小学校も3回ずつ変わっています。幼いころは、引っこみ思案で何をやらせても、とろくて。いつもひとつ違いの兄に守ってもらうような子どもでした。

学校は、親に言われるまま中学から短大までエスカレーター式に卒業しました。父の力添えで入った銀行は、三日で辞めました。ついていけなかったんです。銀行には大変なご迷惑をかけてしまったと思います。
この失敗は、受け身で生きてきた自分を考え直すきっかけになりました。

その後、事務員として働いて、専門学校に通って。そこで学んだ医事コンピューター(医療事務専用のコンピューター。診療報酬明細書などを作成する)の実務を経て、講師になったんです。はじめは、社会人の少人数クラスでも声がふるえて、最終的にはマイクを使った3クラス合同授業を担当しました。
結婚して子どもができて通信教育を担当後、専業主婦になりました。

子どもに手がかからなくなったころ、パソコンの基礎やWEBサイト管理を習い、人からの紹介で幸運にもWEB制作会社に入社することができたんです。制作部でサイト管理をメインにまる10年つとめました。

母との介護でうまく会話ができずに悩んでいたとき
「こころみ」の「聞く力(傾聴)で会話する」ことに出会う

遠距離介護の末、父を看取りました。わたしと母のクッション役だった父がいなくなり、しばらくしてわたしは母の介護、特に母との会話にむずかしさを感じるようになったんです。

そのころ一日の終わりに、以前、兄が出たからと、チャンネルを合わせていたニュース番組があって。画面をボンヤリながめていたら「こころみ」が映ったんです。それがこころみとの初めての出会いです。

テレビでは、女性がヘッドホンマイクでパソコンを通して、親御様と会話をしていました。もう、「傾聴」のインパクトが強烈で。わたしは、母とうまく話すことばかりに注意を向けていましたから「聞く力(傾聴)で会話する」というのが新鮮でした。介護でなやんでいたのもあって、なおさら心に刺さったんだと思います。

その後しばらくして、こころみのオフィスの扉をたたきました。

「こころみ」が開催する「傾聴」の研修を受講し、母と会話をしてみると…

こころみが開催している傾聴の研修は、良い意味で裏切られることが多く、おもしろかったですね。それに、傾聴技術を体験参加型の授業で学ぶから、楽しくて。無反応で聞く、相づちだけで聞く、傾聴技術を使って聞く。いろんなバリエーションの「聞くコミュニケーション」を体験したら、気づきがいっぱいで。思いきって応募して、良かったと思いました。

帰宅後、すぐに役立ったのは「くり返し」です。傾聴技術の基本のひとつで、5種類ある中の「感情に焦点をあてる」というもの。それを母との会話で試したんです。

話の中で、感情を見つけるごとに「不安になったんだね」とか「モヤモヤしたんだね」と相づちをうって。ふっと母の表情に動きがあったのを感じました。効果抜群でした。それまで母の気持ちを受け止めることができていなかったのだと思います。

話しことばの中に感情をさがすことは『親の雑誌』の取材でも活きています。

自分史『親の雑誌』の取材のおもしろさ

取材をすることで、わたしも幸せをいただいている

取材のおもしろさは何といっても、初めて行くところの風景にふれられること。そして、この仕事をしていなければ、出会うことのなかったひとと出会い、お話を聞けることです。

初めてお会いする方の、人生をお聞きできることは、ドラマチックでこころが動かされます。いろいろな職業に、さまざまな経験。ふつうなら知ることのできないお話ですよね。

親御様が記憶をたどって体験をお話しくださっていると、その方の奥深くに眠っている大切にしていることや思いが、ぽつりぽつりと浮かび上がってくるんです。それが、ひとつにつながるときがあって。

「あれ?こうやって話してみると、わたしって頑張ってきたとは思っていたけれど、本当にすごくがんばっていたんだわねぇ」と改めてびっくりされるんです。これが『親の雑誌』の取材の醍醐味ですね。

すべての取材が印象に残るなか、特に戦争のお話に感じたこと

多く共通しているのが、戦争のお話ですね。空襲、B29に爆撃を受けたお話や疎開先のお話です。みなさん、過酷な体験をしておられます。

あまりにショッキングだったときのことは、どの方も脳裏に焼き付いていらっしゃるそうで。でも、淡々とお話されるんです。それが印象的でした。

個別には、山ほど印象に残るお話があって。どの方のお話も印象深く、勉強になります。お話を通して、生き抜く秘訣や「今」を生きる大切さを教えていただくこともありました。いろいろな学びがたくさんあるんです。

自分史『親の雑誌』の取材で心がけること 

わたしが取材で大切にしていることは、「客観性」「そのままを伝える」ということです。

「客観性」は、事実より気持ちが大切ということですね。そのとき、どう思ったか、感じたか。思い出が語られるとき、ご家族の方は日付や場所などの情報を知りたいわけじゃない。大切なのはそのときの「気持ち」なんですよね。

「そのままを伝える」のは文字通りで、傾聴しているとお話がだんだん深くなってきて、ひととひとのつながりに変化が起きる感じがするんです。

母とわたしのときもそうでしたが、ふっと何かが変わるというか。

ひとって、心の深いところに沈んでいた気持ちをお話して表に出すことで、なにか癒やされるんでしょうか。こういうときに、そのひとが大切にしていることが出てきて、これは先ほどの醍醐味でもお伝えしましたが、取材のおもしろさを感じます。ただ、ここで注意しないと、親御様ではなく、わたしの見方で大切にしているものをとらえてしまいそうでこわいな、と思っています。

他のコミュニケーターの方もこの取材で話しておられましたよね。「そうじゃないって言い聞かせる」と。わたしも同じように大切なところだと思っているので、「ことばのまま、ことばのまま」と唱えています。

わたしは傾聴に関係する職業についていなかったので、もう、必死です。ただひたすら、「ぜひ、あなたのお話、お聞かせくださいませんか」の基本でいつづけるしかないと思っています。

自分史を並べた写真

最後に

親の人生を記録に残すことの価値、自分史『親の雑誌』を作ることの価値

近年、カメラ機器類の目覚ましい進歩で、ひと昔前なら考えられないくらいの情報量をわたしたちは抱えています。その分、一枚一枚に対する思いが軽くなってしまうことがあるのではないかと感じています。

動画に至っては、撮影時間分の鑑賞時間が必要だと思うとき、一生見ないまま終わっちゃうかも?なんて思ったりもします。

その中にあって、『親の雑誌』は「プロが写した一枚の写真」のように思います。写真館で丁寧に撮影された写真は、誇り高く、飾ることもできれば引っ越しの際に邪魔な荷物になることもありません。あなたが聞かせたいお話に関係したここぞというショットが掲載された『親の雑誌』。それは気軽な一枚なのに、後世に残せる一枚でもある。子や孫やまだ見たことのないそのまた先の誰かをクスって笑わせたり、何かを自然に学んだり、親しみを感じさせるものになるかもしれません。

-今後どのようにしていきたいですか

わたしは、介護で悩んでいたとき、こころみの放送を見て救われた気持ちになりました。あのときの気持ちを忘れずに、人によりそう気持ちを大切にして人さまのお役に立てるように生きていきたいです。

具体的には、傾聴の技術は、一生をかけて身につけていけたらいいなと思ってるんです。当面は、ふつうの会話と傾聴がミックスされた「傾聴モード」で、自在にお話しできるようになることを目標にしています。

-親御様、申込者さまへのメッセージ

人生100年時代に入りました。『親の雑誌』が、親御様のこれからのために少しでもお役に立てたら、うれしいです。敬意をもって、取材をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

親の雑誌スタッフ 田中小夜子

投稿日:2021年01月20日