親の雑誌ブログ

自分史(親の雑誌)取材担当者のご紹介 Vol.2

どんなお話がこれから始まるのかなという期待があって、映画みたいだなと思います

自分史作成サービス「親の雑誌」では、2015年5月のサービス開始以来600人を超える親御様の人生を雑誌という形にまとめてきました。今回は、取材や原稿作成を担う取材担当者「西野奈那保」をご紹介させていただきます。

自分史の取材風景 
北海道帯広市生まれ。「環境を変えたい!」と一念発起して、中学卒業後は実家を離れて埼玉の高校に進む。短大時代は東京で過ごし、会社勤めを経験した後に言語聴覚士の資格を取得。神奈川県を拠点に言語聴覚士として働く中で、視野を広めたいとの思いからこころみのコミュニケーター/「親の雑誌」制作スタッフに応募した。言語聴覚士でもある彼女に、「聞く」ことについて語ってもらった。

プロフィール・略歴

-自立心旺盛な少女時代

中学校卒業まで実家にいて、高校からは埼玉の高校で寮生活をしました。家を出たきっかけは、環境を変えたかったのが大きかったですね。あと、あんまり勉強好きじゃくて、勉強しなくてもいい学校に行こうと思って(笑)。高校は親が見つけた学校で、「こんな学校があるよ」と教えてくれたんです。でもそのときは、まさか私が行くことになるとは思っていませんでした。

高校は普通科で、自由な雰囲気の学校でした。学生の2割くらいが寮生活をしていましたね。帯広から埼玉に出てくる不安は、あまりなかったですね。ホームシックになったこともないんですよ。寮は、門限はありましたけど管理はゆるかったので、のびのびと過ごすことができました。ほかの寮生と映画を見たり部屋でお茶を飲んだりして、寮生活は楽しかったです。

長期の休みには、民宿とかの住み込みのアルバイトにるまる1カ月間くらい行っていました。礼文島という一番北の島にも行きましたよ。礼文島はウニとか、食べ物もおいしかったですね。

-国際色豊かな学生時代

高校を出て1年間実家に戻って、その間はいろいろ遊んでバイトして、そのあとに東京の短大に入ったんです。海外に興味があったので、国際系の学科に進みました。特に資格を取るといった目的ではなかったのですが、ほかの国の文化を勉強してみようかなと思ったんです。結局、短大時代はサークル活動に没頭して、学生生活はサークルメインでしたね。

サークルは、北欧の国、アイスランドの学生との交流です。当時はアイスランドの情報ってあまり日本には入ってこなくて、「どんなところかな」と興味を抱いたのがきっかけでした。たまたま見に行った写真展に、サークルの募集案内があったんです。短大時代に、サークル活動の一環で2週間くらいアイスランドに行ったこともあります。アイスランドは楽しかったですね。景色が見たことないような、荒れた大地というか、こんなところが地球にあるのか、という感じでした。北海道ともまた違う景色なんですよね。いろんな国の人が移民として来ているせいか、その土地の食材と外国の料理文化とが融合したような、独自の食文化が発展している印象でしたね。

サークルでは、アイスランド側が日本に来るのと私たちが向こうに行く機会が年に1回ずつあって、合計年に2回顔を合わせるんです。七夕みたいですよね、ロマンティックな(笑)。やり取りは基本的にはメールで、なんちゃって英語でしたが意思疎通できてましたね。アイスランドには住んでみたいとも思っていましたが、結局住むことはしないままでした。短大卒業後は、東京にあるアイスランド関連の会社でアルバイトをしたり、違う会社で事務の仕事をやったりしていました。

-言語聴覚士として働く

短大を卒業して、2、3年後に北海道に帰ったんです。言語聴覚士は、このときに学校に通って資格を取りました。就職先は北海道内の病院も候補だったのですが、最終的に神奈川の病院を選びました。

言語聴覚士として就職した神奈川の病院は、リハビリの病院だったんです。主に脳の病気の後遺症で言葉を使ったコミュニケーションが難しい患者さんを対象に、リハビリをやる仕事がメインでした。毎日いろんな人に関わりましたね。携わる患者さんに個々の目標を設定して、その人の能力を調べるために検査をしたり、こういう練習プログラムをやったらこの能力が改善するだろうみたいなことを、分析しながらやっていました。

この病院には言語聴覚士が30人くらいいて、患者さんの年齢も若い人から高齢者まで幅広かったです。この病院には3年勤めましたが、仕事は大変でしたね。就職してすぐは自分の知識が十分にないので、リハビリをやりながら家で勉強したりしていました。特に1年目とかは、つらいなーって、この世の終わりかと思ってました(笑)。それが、時間とともにちょっとずつ余裕が出てきたんです。

こころみを知ったきっかけ、感じたこと

自分史を見ている女性

-視野を広げたくて、こころみの仕事へ

やっているうちに、いくつかの仕事を重ねながらやりたいと思うようになったんです。言語聴覚士もやりがいのあるいい仕事だとは思うのですが、それだけやっていると視野が狭まる気がしたので、ほかのこともやりつつ続けたいなと思いました。

その思いから、こころみの仕事を始めることにしたんです。その後に学生寮に携わる仕事も始めたのですが、こころみの方が若干早かったですね。こころみのサービスは、病院に勤めていたときから知っていました。たまたま新聞で記事を見つけて読んでいて、いいサービスだなと思っていました。こころみの仕事に携わりたいなと思っていたのですが、当時は副業ができなかったものですから。その後、複数の仕事ができる状態になったときに、こころみの仕事もできるかもと思って応募し、コミュニケーターの研修を受けました。

―こころみのコミュニケーターとして学んだ「傾聴」

こころみの研修では、こころみが会社の価値と位置付ける「傾聴」をメインに学びましたが、これが勉強になりました。傾聴はよく聞く言葉でしたし、リハビリの現場でもよく先輩から言われていましたが、実際にどんなものかは知りませんでした。研修で、傾聴について知識と体験として入ってきたのはとてもよかったです。「傾聴って実際にこうやるんだ」とか、「傾聴にはこういう効果があるんだな」と実感しました。

傾聴を知ったことで、今勤めているリハビリの現場でも、患者さんはもちろん他のスタッフに対しても、「傾聴は使える」と思いました。相手とのやり取りがうまくいかないなというときに、「ちょっと、聴いてみよう」と意識的に傾聴したりしています。

―自分史作成サービス「親の雑誌」に関わって

コミュニケーターとして「親の雑誌」の制作に関わっていますが、自分にとって「親の雑誌」は楽しい仕事という位置づけですね。取材で知らない人のところに行ってそれまでの人生を聞くことが、毎回ワクワクしますね。楽しいです。どんなお話がこれから始まるのかなという期待があって、映画みたいだなと思います。取材に行くときは、毎回そういう気持ちです。そのワクワクや楽しさがあるから、続いてるんだと思います。

「親の雑誌」の取材の難しい点というか、自分で気を付けていることはあります。取材に行って、その方の人生をお聞きして、それを振り返って原稿にするわけですが、原稿を作る過程で「この人ってこんな感じの人生だったんだろうな」って、分かった気になってしまうんです。でも、実際はそうじゃないんですよね。自分に「そうじゃないよね」っていつも言い聞かせて気を付けています。「自分が聞いた話は、この方の人生の一部分なんだ」と思うようにしています。なので、訪問取材が終わったあとの電話取材で、その方の違う一面を見られたらうれしいですね。

―介護の現場にも、あったらうれしい「親の雑誌」

現在こころみの仕事の他に、言語聴覚士としては有料老人ホームに非常勤として行っています。コミュニケーションに障害がある方のリハビリにも関わっているのですが、そういった方は自分の思いをなかなか言葉でスムーズに伝えられないので、周囲の方とコミュニケーションを取ることが難しい場面が多いんです。こころみのコミュニケーターとして取材で話を聞くのはリハビリの現場で携わる入居者の方と同年代の方が多いのですが、取材で会う方はスムーズに自分の思いや経歴を伝えてくれるので、そうしたお話を聞けるのは新鮮ですし、入居者の方とコミュニケーションを図る上で参考になる点も多いんです。

介護やリハビリの場面でも、「親の雑誌」はその人とどうやって関わっていくか考えるためのツールになりますね。本音としては、「親の雑誌」を持ってホームに入居していただければいいなと思うくらいです。もちろんその方の過去にとらわれ過ぎるのもよくないので、参考程度にとどめるのがいいですけどね。

入居者の方の「親の雑誌」があったら面白いと思います。「親の雑誌」は自分の経歴や今まで過ごしてきたエピソードを誰かと共有できるツールですから、自分の中にあるものを誰かに見てもらうことでご本人にとっては刺激になるんじゃないかと思います。高齢になっても刺激が得られるのはいいことですし、そこからコミュニケーションも生まれればなおいいですよね。

私の祖父母は他界していますが、もし祖父母の「親の雑誌」があったら見たいですね。祖父母のことって、案外知らないなと思います。祖父母の自分史を読んでみたら、祖父母に対して違う見方とか、聞いてみたいことが出てきたと思います。

最後に

―今後に向けて

特に未来のことを考えず、今を生きています。今のような働き方が、バランスが取れていて楽しいですね。あとは、もう少しリハビリの仕事の方に時間を割いていきたいし、それにまつわる資格も取りたいです。認知症の研究も日々変わっていくから、勉強もしないといけないですね。

―お客様への一言

「親の雑誌」を作ることで、ご本人やご家族にとっての楽しい時間が増えるといいなと思っています。

親の雑誌スタッフ 西野奈那保

自分史を持っている女性

投稿日:2019年01月21日