親の雑誌ブログ

人は書くより話すのがうまい

人は書くより話すのがうまい

「親の雑誌」で、色々な方の人生をお聞きしていく中で確信に至ったことがあります。

それは、

人は書くより話すのがうまい

talk

です。 いつも2時間ほど、その方の生い立ちから今までをお聞きするのですが、 毎回、話に引き込まれます。 もちろん、戦前戦後の激動期を生き抜いてきた方々のお話そのものが面白いのが最大の理由ですが、 同時に語り口調やそこからしのばれるお人柄に、音楽を聴いているような心地よさを感じることも少なくありません。

お話上手でなくても、自分史はおもしろい

それは一般的には決してお話上手な方というわけではなく、むしろ訥々と話をされる方や、無口な方も多いのですが、 それでもお話の面白さはそれによってむしろ増してくるのです。 ああ、お話って面白いなあと。 さて翻って、よく自分史を書きかけの方や、中には自分史をすでに自費出版されている方がいて、 そうした文章を読ませていただくことがあります。 ここに書くのは少々はばかられるのですが、正直読むのが苦痛な文章の方もいらっしゃいます。というか、多い・・・

文章を書くのは難しい。言ってしまえばその通りですが、同じ方が同じテーマでやっても、話すのと書くのとでここまで違うのか、と。 では何が違うのか。

話す自分史と書く自分史の違い

① 無味乾燥な事実が増える

もちろん文章を書く技術ということで、語彙や文章構造などもあるのでしょうが、 それ以前に内容が大きく変わる印象を受けます。 最大の変化、それは「気持ちを書かずに、事実を書く」です。 〇年に入社、〇年に係長に昇進、〇年にどこどこへ転勤・・・ その時は〇さんにお世話になった・・・ 読み手としては、「で、そのとき大変だったの?心細かったの?どうしてお世話になったの?」 など聞きたくなるわけですが、そうした背景や気持ちがないと非常に無味乾燥になってしまう。 しかし、「書く」という仕事を前にすると、事実を書かなければならない気持ちになってしまうのです。

② 格好をつける、お人柄を隠す

やはり、失敗談や自分の弱かったことなどを書くのは恥ずかしいもの。よかったことだけを書きたい。 そうすると上記に加えて、「しかしながら困難な中で努力をし、見事に1位の営業成績を達成」 などの文章になります。本当は営業成績を達成するための努力といっても一筋縄ではなかったはずなのに、 完全無欠のヒーローのような文章になってしまう。

③ 独断的になる、正義感がつのる

そして、そんな文章を書いている中で本当に自分が素晴らしいような気分になる。 「私のしたことによって会社は復興を遂げたのである。その後の体たらくは見ていてふがいない」 など、高いところに自分が行ってしまう。 こうなるとつまらないだけでなく、読むのが苦痛の文章になってしまいます。

①から③が揃うと、 「〇年に入社。当時は〇という製品を売っていた。大変な時代だったが努力の結果、〇%売上増を達成。 〇先輩には大いに助言をいただいた。当時の状況から見ると現在の後輩たちの状況はなさけない」 などとなる。

これは・・辛い。 でも、そんな人のところに、直接お会いしてお話を伺うと、

「高校でてすぐに入社してね、その会社は女物のストッキングを売ってたんだけど、ストッキングなんてどんな風に売っていいか分からないじゃない。 だから毎日会社でて、喫茶店で時間つぶして帰るっていうのをしてたのね。そしたらその喫茶店で会社の先輩にばったり出会っちゃって。 これは怒られるなと思ったら、お前、そんな辛い思いしてたのか、コツはお店に行ってもストッキングの話しないで帰ってくることだって言われて。 それからは仕事が面白くなってね。いやあ、あの時は冷や汗かいたなあ。 今の人たちに言えることはないね。まあ頑張るってことかな。自分は恵まれてました」

みたいな感じになります。

最後の結論まで変わってしまう。 で、これってなんでなのかなあと考えてみました。

話して自分史を作るメリット

①話し言葉と書きことばの違い

特に、「文章とはこうでなければならない」という考えから、格調高いもの、格好いい文体に、と気張ってしまう気がします。 でも話すことっていうのはそうじゃない。いつも通りの自分でいられるのです。

②目の前に相手がいる

相手のリアクションを見ながら、あるいは相手が面白がってくれるだろうか?ということを考えながら話をしてくれる。 やはり私達も、単なる数字や事実よりも、お気持ちや、面白い時に反応しますので、それを受けて会話の内容が変わってきます。

③費やした時間が違う

これが最大かな、と思いました。当たり前ですが、人は大概、1日に誰かと話をします。 ところが文章は、書かない人はほとんど書かない。 仕事で文章を書くときは、先ほどの悪い例で挙げたような事実関係を書くことになります。 気持ちを文章に残す、ということは日記でも書いている人は別ですがほとんどない。 書くより話す

これによって基本、人は話す方が面白いのだな、と合点がいきました。 ただしこれは今の高齢者のお話であって、SNSやLine文化が発展すると、もしかすると人間書きことばの方が面白いのが当たり前の世の中が来るのかも。 直接会うとうまく伝わらないからLineで送るって今もすでにあるコミュニケーションですよね。 また60年後には個人のTwitterやLineを数十年分まとめるサービスが出てきているかもしれません。

株式会社こころみ社長 神山晃男

投稿日:2016年05月23日