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THE山地庸夫

平成29年3月発行 / 北海道・大正10年生まれ

山地庸夫の“幸せ”に迫る

 幸せについて、ですか。非常に難しいというか、高度な質問ですね。そうですね。何というか、人生の中でも出来事がずいぶんたくさんありますからね。会社のこと、自分のこと、家族のこととね。私ね、自分が不幸だと思ったことがほとんどないんですよ。自分の人生を振り返ってみてもね。逆境とか、不幸と思ったことはないんです。

 軍隊が終わって、ロシアに連れて行かれて、向こうの作業をしましたけど、そのときでも、そんなにも不幸だと思いませんでした。みんながやってたことですからね。ロシアが日本と戦争をするために作った鉄道で、ハバロフスクの辺りから分岐した鉄道が北の方に進みましてね。樺太の先のところの対岸が終点になってましたから。日本と戦争するために作った、その線路が完成されてなかったんですよね。その線路の完成のために日本人を連れて行ったんです。そういう感覚、どうなんでしょうね。別にね、みんながやってるからね。特にいじめられたとか、そういうようなことはありませんからね。日本人は捕虜ですから。実際は、戦闘中に負けて手を挙げては、「捕虜」ですけどね。そういうのでなくて、武装解除になって、それをするときですから、捕虜といっても違うんです。日本人は「俘虜(ふりょ)」と言ってましたね。ただし、ロシア側では、ワイナプレンルイ、ワイナが戦争で、プレンルイが捉えるですから。同じなんです。強いっていいますかね。連れて行ったものをいじめるとか、虐待するために連れてったわけではないですから。働かせるために、いるわけですからね。

 労働者として、そのときにつらかったことといえば、食事が足りないことです。食事が少ない。だって、おなかいっぱいになることはないんですから。量が少ないでしょう。朝も昼も晩もね。崖を崩したり、土方ですからね。肉体労働なんです。仕事がつらいんじゃないんです。缶詰のカンカンって、細くて縦に長いのがあるでしょう。そのカンカンにいっぱいにならない程度に、スープみたいなものが入るんです。その量がとっても少ないんですよ、それがつらかったですね。でも、みんながそうですからね。もちろんつらいですよ。でも、文句言ってもどうしょうもないでしょ。

人生の中で、幸せを感じたとき

 普通の生活をしてるのに、これは幸せだなあとは思いませんよね。でも、不幸だなあとも思いませんよね。私ね、生涯のことをうんと振り返ってみますと、恵まれた方だったんですよ。つらいと思うことはなかったですよね。子どものときからね。

 割と学校の成績もいい方でしたからね。高等科でもトップになりましたから。学校行ってたときもいい時代でしたね。学校出てから野口商店に入ったんですよ。そのときも良かったですね。私はいつの時代も幸せな方だと思いますよ。小樽のときもいい時代でしたしね。北の誉の醸造元ですからね。

 会社は、幸せですね。会社はみんなそれぞれが、みんな順調ですしね。息子が社長ですし、ずいぶんいろんな数の会社ができましたしね。グループ会社がたくさんあります。私のところだけじゃなくて、兄のところもね。きょうだい3人で、いつの間にかそうなってったんでしょうね。琴似からの木材店から始まってね。木材店が当時10軒くらいあって、ずっとここまで大きくなってきたっていうのはうちだけですもんね。木材もそうですし、家具の方もですからね。そっちの方の社長もやってましたからね。

 幸せだと特に思うことはないですけど、不幸だと思ったことはないですね。そういう人生でしたね。大きな目からみたら、企業の中には不良債権とか、赤字で困ったとかもあるでしょうけど、そういうこともなかったですからね。相当利益も出ましたからね。土地もたくさん買いましたし、野球場もあったし、いくつもの会社もできましたしね。

これからの会社に期待すること

 何て言ったらいいでしょうね。やっぱりね、社員のみんなが幸せになること、うちの会社に入って良かったと思うように、ですね。私ね、学校出てから勤めた会社は野口商店ですけど、そこは人作りの会社ですね。人間を作っていくんですよ。会社っていうのはこういうもんだって思いましたね。その会社の社員はすばらしいですよ。個人個人、社員が幸せになってくれることを目指す、そういう会社でしたね。

 社員が幸せじゃなかったら、犠牲になってたら、会社だけがいいってことはないですもんね。だってそうじゃないですかね。みんなが十分なことをできているか、ですよ。もちろん、人間の欲求は限界がないですから、物質的に十分かどうかは分かりませんけどね。社員が不幸なんてことはないと思いますよ。でも、それが普通なんじゃないですかね。どこの会社もそうだと思いますよ。

Family’s Photo

編集後記

 困難に直面しても必ずといっていいほど見えない力に導かれるようにチャンスをつかみ取っていく若き日の庸夫さん…まさかシベリア抑留の話までもがサクセスストーリーとは!(笑)。戦争の捕虜体験をお聞きしているのにみんなで大笑いするなんて想像もしませんでした。本当に興味深いお話が次から次へと飛び出し、95年の歳月に詰め込まれた数々の経験はお聞きしながらまるで映画を見ているかのような楽しい時間でした。貴重なお話をたくさん聞かせていただき本当にありがとうございました。

「THE山地庸夫」取材担当 コミュニケーター 樋口朱実

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