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そんな時代もあったねえ

平成28年8月発行

坂理泰幸

東京都・昭和17年生まれ

  人物紹介

  

青梅に育ち、自然に囲まれ思い出あふれる幼少期を過ごした坂理泰幸さん。大学卒業後は高校教員となり、校長まで務めた。学生時代の思い出、教師生活、ハンドボールとの出会いなど、多くのお話を伺った。

自分史本文より

■自然の中での遊び

小さいころは、野ウサギを追っかけたり、コジュケイを捕るのに罠を仕掛けたり、動物捕りをいろいろやったな。ムジナは2回捕まえてね、そのうちの1回は、皮が売れるっていうんで、兄貴と一緒に皮をはいで持ってったら、「いや、こりゃ駄目だよ」って言われた。襟巻きにするには足から先もなきゃいけないんだって。ところが、われわれ何も知らないもんで、じゃまだから足の先は取っちゃったんだ。結局売れなくて「捨てとくから」って言われて。そんなこともあった。

あと、マムシはあの当時1匹60円で売れたんです。あの当時の60円っていうのはすごい。捕まえて売りに行くんですよ。生きたまま捕まえるんだけど、当然マムシおっかないから、竹を割って、間に棒を挟む。その棒にひもをくっつけといて、ひもをパンと引っ張ると、パッと竹が閉じるように細工をするんです。マムシ、とぐろ巻いて、もう襲うようにぴゃーっと首上げますんでね、それを竹ではさむんですよ。はさんで、パンと引く。これがなかなか難しくてね。随分逃げられたりもしたけど、2回記憶であるんだな、捕まえたの。ところがね、もっと怖いのはそっから先なんですよ。はさんでありますよね。で、マムシは飛びついてくるんですよ。それを袋に入れるんです。袋ん中に入れちゃうとおとなしくなるから。その袋に入れるのがおっかない。開けてやるタイミングで失敗すると、かまれますから。

あとはターザンごっこなんかやったな。青梅市内にターザンの映画を見に行って以来、もうターザン、ターザンで。あの当時、木から木に飛び移れたのは俺しかいなかった。ターザンごっこで木の上に板持ってって、小屋みたいなの作ったの。夕方、それが抜けて落っこってね、記憶がないんです。気がついたら、山の中で寝てた。そのときの傷が今も残ってますけどね。

それから、福昌寺のお寺に竹やぶがあって、竹っていうのはしなりますよね。どんどん登ってって、ある一定のとこまで行くと、ぶわーって落ちるんですよね。これはおっかないけど快感なんですね。竹がしなって、びゅーっと落ちてきて、ちゃんと足が地面に着く。そういうのができんのも、ほかにはあんまりいなかったな。

■命懸けの度胸試し

もう青梅に移ってからだから、中学生になってるころかな。今でも恐ろしいなと思うんだけど、多摩川がものすごい大水になるんですよ。そこん中飛び込んでね、泳ぐなんてもんじゃないですよ。もう激流ですから、流されちゃう。もう溺れてんだか泳いでんだか分かんない。まあ、結局、度胸試しなんですね。一回それでね、水中に大きな石があって足ぶつけたんです。そんときは俺ね、死んじゃうかと思った。もう痛いなんてもんじゃなくてね。ガブガブ飲んじゃって。それで、やっとの思いで浅瀬にたどり着いた。

あと危なかったのは、われわれ「モコモコ」って言ってたけどね、青梅の長渕に調布大橋ってあるんですよ、今でもありますけど。それはね、川が流れてきて、大きな岩盤にぶつかんですよ。そっから90度に曲がって川が流れてんだけど、すごい勢いで岩にぶつかってくるから、水ががーっと盛り上がるんです。でね、すごい下深いわけですよ。その盛り上がったところにうまく乗るとね、水の上に浮かんでいられるんですよ。一つ間違えて中に入ってくのに巻き込まれると、中にばーっと入っちゃうんですよ。そこに入ったらもう出られない、死んじゃうんじゃないかな。僕は2回ぐらい、いや、もっとやったなあ、そこ。で、ばーっと巻き込まれんだけど、そのとき、もう必死になって逃げるわけですよ。それで、まあ生きてるから(笑)。そういうあれはね、結構子どものころっていうのは、僕らやったですね。面白かったことは面白かった。でも今、川なんか見に行ったりして、川の流れ見ると怖い。そのころのイメージが(笑)。よくああいうとこ入ってったなあと思って。

取材担当者のコメント

小さいころのワイルドな遊びの数々や、教員、校長時代の思い出、ハンドボールへの情熱、ご家族への思いなど、たくさんのお話をお聞きしました。今は趣味で農業をされているということで、「今までずっと対、人間の仕事をしてきたけれど、今はこうして一人で自然と向き合っている。でも農業は教育とつながる部分もあるんだ」とおっしゃっていたのが強く印象に残っています。

ご本人の感想(お手紙から)

私の話した内容がきちっと表現されていた。レイアウトも魅力的で惹きつけられた。この雑誌ができてから家族が私の歩んできた道に興味を持ってくれるようになり、会話が増えた。

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