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ほんとに子どもたちに助けられました

平成27年12月発行

成田春子

大分県・昭和19年生まれ

人物紹介

成田春子様の自分史の表紙写真

優しい両親、きょうだいに囲まれて育ったという成田春子さん。19歳で結婚したのち、働きながら宅建の資格を取得。不動産事務所を設立し、忙しい中、5人の子どもを育て上げた。

自分史インタビュー記事より

成田春子さんの自分史のインタビュー本文

■成和住宅設立

 どうにか宅建の資格が取れたので、東大阪に不動産事務所を構えることができました。主人が友人の所で事業を習っていたので、始めるときは困りませんでしたね。うちの事務所は建売住宅を売ってるんです。初めは1軒建てて、それを売って。2軒、3軒と増やしていきました。元金が少なかったからね。そのうち銀行で借り入れができるようになり、順調に仕事が回るようになってきました。会社の名前は成田の「成」と、「和(なごむ)」という漢字を合わせて、成和住宅としました。始めて5年くらいして明治大学を出た番頭さんに入ってもらいまして、私と2人で切り盛りしてました。私、会社での肩書はなかったんですけどね。従業員は5人くらいでした。でも、皆さん長いこといてくれます。いやすかったんでしょう。

 この仕事をしていなかったら、今も私は毎日のおかず代をもらっていたと思います。お金がどんだけ大事かわかりました。子どもが風邪をひいても病院に行くお金をくれと言えませんでした。何で風邪をひかせたんだと言われるからです。人生経験でお金の大切さがわかりました。お金があれば友達とも付き合えるし、自由に旅行にも行けます。

 仕事を始めたころは、楽しくて楽しくてしょうがなかったです。1軒売れたら、こんだけ儲かったと喜んでました。私、普段はおとなしいんですけど、仕事となると言いたいことが言えるんです。支払いをきっちりしなくちゃいけない、これが一番気を付けてきたことです。そうすると、金融機関に話をしに行っても、支店長が別室で対応してくれるようになるんですね。銀行で借り入れができるようになって、軌道に乗ってからは1日店長だとか、銀行が持ってきてくれた企画にも協力しました。婦人会も作って30~40人で旅行やゴルフ、カラオケにも行ったしね。今思えば若かったから何をしても楽しかったです。

 住んでいた所の隣が売りに出たので、土地を110坪買って家を建てることができました。家族が多いので1人1部屋と、ゲストルームも入れてと3階建てにしたんですよ。設計士さんに入ってもらって考えたんです。子どもたちのことが一番ですから、自分の部屋のことまで考えてませんでしたけどね。家ができたときの子どもたちの喜ぶ顔は忘れられません。

■大切な子どもたち

 5人の子どもたちには習いごとをさせました。私は習いごとをしていないので、自分が経験できなかったこと、習字や水泳をさせました。送り迎えが本当に忙しかったです。家の近くに空手道場があったんで、初めは上の男の子だけ入れたんですけど、それを見ていた下の子たちもやりたいと言いだしたので、女の子も入れたんですよ。それが割と強くなりまして、高校、大学と空手で行くように声をかけていただきました。小さいころは練習時間が夕方のアニメの時間に当たっていたから、それを我慢して練習してましたよ。空手は向いていたんでしょうけれど、本人の努力もあったと思います。三男は、大学を出てから留学したいと言って海外に出ましたけど、空手を教えたりしながら向こうの文化を勉強してきました。

 

取材担当のコメント

 愛情豊かなご両親のことや、お仕事でのご苦労などのたくさんのお話をお聞きすることができました。特に、お子様たちのことについてお話になるときの優しい春子様のお顔が心に残っています。これからもお子様たちと共に、お元気でお過ごしください。

ご本人の感想(お手紙から)

私の身になり話を聞いてもらいました。私の言いたかったことを全部書いてくださったと思います。この本が出来上がったこと、感謝してやみません。

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