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続けれるだけ続けたかった

平成29年1月発行

田島壽美子

愛知県・昭和8年生まれ

人物紹介

田島さんの自分史の表紙

愛知県愛西市で生まれ、4 人きょうだいの長女として育った。津島高等学校卒業後、日本通運に入社し、経理担当として活躍。結婚後は、薬局、薬店をご主人と共に切り盛りしながら、4 人の子どもを育て上げた田島壽美子さん。

子や孫に伝えたいこと

田島さんの自分史の本文。子や孫に伝えたいこと

子ども達はそれぞれにやってくれてるからね。

主人と一緒に仕事をしてる時は、私も店頭に出てるのに、ご飯はいつなんだとか言われて大変でした。お店で買ってこれるような時代ではなかったですからね。とにかく、主人に先に食べてもらうようにって準備しました。今思うと、よう過ぎてきたなと思いますよ。今の人ならどうなることか分からないですよ。

子ども達が車椅子を買ってくれているから、出かけた先で使いそうな時はそれをちゃんと持って行ってくれる。だから行くよって言われても、困ることはないんです。そういうことは子ども達が気を遣ってくれてありがたいですね。お店を閉めてから手術したり、病気したりで、みんなが買ってくれたんですよ。ありがたくて嬉しかったですよ。

主人の両親にお店を作ってもらって始めたんで、主人がそのお店を閉めるなら良かったんですけど。私が閉めるということになったのは、すごく申し訳ない気持ちになりました。続けれるだけ続けたかった。

長女は薬剤師の資格もとって、1週間に1度手伝いに来てくれていたんだけどね。主人がずっとやっててお店の歴史は全部で60年近く。私が1 人でやっている時期が13年位。だから、閉めたらめちゃめちゃ楽になるんじゃないかと思ったんですけど、だんだんと、続けていくうちに閉めるのが申し訳ない気持ちになってね。でも、なんか勘違いとかで事故を起こしちゃいけないから、元気なうちに閉めようとなってね。それからは病院に行ったりしましたけど、毎日重いものを持ちすぎたせいで、骨がねじれてて、どうしようもならんって言われました。それで手術したんです。おかげで前より、歩ける
ようになりました。でもその時に血小板が少なくなる病気になって。ステロイドの薬を飲むように言われて、飲んだら2週間で10キロも痩せちゃいましたよ。退院してからすぐは、フラフラで大変でした。

今では畑仕事もできるようになったし、だいぶ元気になれたので良かったです。畑仕事といっても大したことはできないのですけどね。でも、やれることをやるというのが良いですよね。子どももお母ちゃんは畑に行くと元気になるって言いますよ。じっとしてて認知症になっても困るしね。それと、元気クラブっていうところに行って身体を動かしたりするんですけど、そこもいい人ばかりなんです。やりたいことがあるっていうのは、ありがたいですよ。

 

取材担当のコメント

お話の中で壽美子さまが、何度も《めちゃめちゃ》というお言葉をご使用になられるのを聞いて、若い!!そして、とてもかわいいらしいと思いました。壽美子さまは、どんなに忙しいときでも、すごく、すごく周りに気を遣っていらっしゃって、それがすごく自然で、とても素敵だなと思いました。
本当にありがとうございました。

 

ご家族の感想(お手紙から)

母の学生時代の話や、自分が生まれる前の話を「親の雑誌」で知れた。
掲載する写真探しをみんなでして楽しかった。

ご利用者様の許諾をいただいて掲載しております