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ご利用実績Vol.3「戸谷正春さん」

馬鹿げてるほど運がいい人生ですよ

平成28年1月発行

戸谷正春

愛知県・大正14年生まれ

人物紹介

戸谷正春さん表紙大正14年1月17日生まれ。
名古屋市中区に生まれ、自ら特攻隊員に志願。3回志願するが出撃せずに終戦を迎える。
警察官、紡績会社、ボウリング場とさまざまな仕事を経験し、鍼灸院を開設。
「馬鹿げているほど運がいい人生だ」とにこやかに語る戸谷さん。

予科練時代

予科練は楽しくて仕方なかったですよ。グライダーに乗ったりして。両親がおはぎを持って毎週のように会いに来てくれた。本隊は三重、奈良に分隊がありましてね。昭和18年12月に奈良に入って、昭和19年に滋賀に移ってね。その後、宝塚の分隊に配属されました。この時の大佐が歌劇が好きでね、舞台は宝塚の中劇場の客席で寝泊まりしていてね。1,2月に一度、観劇してたね。私は走るのも速くて、100メートル12秒で走ってたね。とにかく楽しくて仕方なかった。

そうはいってもね、「海軍精神注入棒」というのがあって、何かあったら殴られる。外出から帰ってきて少し遅刻してきた人も殴られてね。倒れたらバケツで水をかけて、起きたらまた殴る。結局その人は死んでしまってね。「戦病死」という扱いでしたよ。誰も何も言いませんでしたね。私も当時は「弱い奴だな、戦場で真っ先に死んでいただろうな」と思っていたね。予科練はとにかく優遇されていたね。煙草も甘い物も何でも支給された。いつ死んでもいい、と思っていたね。

昭和18年から20年頃には特攻隊の志願を募っていてね。「1歩前へ」と志願を募る。私も3回手を挙げましたよ。3回目の特攻隊に志願の後1週間帰省させられた。昭和19年3月25日、名古屋大空襲でね。お互いを殴らせるようなこともあってね。殴り方が少ないとやり直しさせられる。それで参ってしまうような奴はいない。今になってね、「自分はなんで予科練に行ったんだろう?」と思うんですよ。海軍兵学校に応募したはずなのに。予科練に行くことになって。海兵に行った人はみんな死んでいますね。戦艦大和に乗っていた友人も死んでしまった。特攻隊ではグライダーの練習ばかりしていたな。特攻隊が乗るのは秋水という戦闘機でね、ベニヤで作った。7分間しかもたない。ロケットみたいに打ち上げられて。B29は時速350キロ、秋水は時速700キロだから、B29の斜め後ろから突っこんで反転して。それを7回やったらエンジンが止まるから琵琶湖に着水しろ、と。そういう理屈だったけども、その前にグラマンにやられてしまうよね。おそらく、成績と運動能力、航空技術の優れた人は残されたんでしょうね。3回志願したけど出撃はしなかった。兵隊で嫌だと思ったことはないですよ。辛いことはあったけど。40歳過ぎたころまで苦労したことといえば痔くらいだったね(笑)。

特攻隊志願の胸の内

特攻隊志願の胸の内特攻隊に志願したときの気持ちね。何とも思わなかったですよ。死ぬのが当たり前。そういう教育だった。今でも歴代の天皇陛下の名前は全部言えますよ。天皇は現人神。神の子であるお前たちはアメリカ人や中国人と違うと。天皇のために死ぬのは当たり前。バカげた教育でしたね。終戦を迎えて、天皇陛下に対しては正直「腹も切らないバカモノ」と思いましたよ。マッカーサーと並んだ写真が公開されたのを見て、なんだアレはと思いましたね。予科練の仲間たちだって「天皇陛下万歳」と死んでいったのに。天皇は神様でした。神様のために死ぬ。みんな当たり前だと思っていた。死ぬのが嫌なんて言う人もいなかった。親の為に死ぬんじゃない、天皇の為に死ぬ。そういう時代でしたよ。

8月15日は放心状態でした。何も考えられなかった。陸軍や海軍の中将や大将には切腹した人もいたでしょ、阿南中将とか。なのに天皇は切腹もせず。今はあちこち行って握手して。人気とりですよね。なぜ神様のまま偉そうにしていないのか。天皇陛下という神様、万歳、天皇陛下万歳。予科練は靖国におります。

取材担当のコメント

特攻隊に3回も志願して、結局出撃することをなく終戦を迎えたため、こうしてお話を伺うことができました。壮絶なお話に、思わず姿勢を正して聞き入ってしまいました。今、当時の状況を私たちが想像することは難しいのですが、それでもこうした方のお話を少しでも残しておくことが大事だと感じました。

時に過酷な経験もされながら、「人生は面白い」「自分はツイている」と明るくお話される姿に、お聞きするこちらの背筋が伸びる思いでした。興味のあることを徹底して極める知的好奇心、常によりよく生きようとする姿勢が、この雑誌にも詰められたのではないかと思います。

ご商売や東洋医学、短歌や俳句まであふれる才能はうらやましい限りです。正春さまの繊細な感性とチャーミングなお人柄を、この1冊から感じていただければ幸いです。この度はありがとうございました。

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