大岩律子の”幸せ”に迫る
特別変わったことがないのが幸せなんじゃない。改めて聞かれると、緊張しちゃうけど、今現在、私自身幸せですよ。何も困ることないし、お金持ちにはなれなかったけど、借金があるほどひどくもないしね。平凡な生活ができることが幸せですね。
たいそうなことを若いときは思うじゃないですか。ぜいたくなもの食べたいとか、いいものが着たいとか。そんなこと、いくらでも思い浮かべるんだけど、この年になるとそんなのが一切浮かばない。体がそうさせるんでしょうけどね。今は、何もぜいたくなこと思いませんね。困ることもないですし、出されたものをごちそうになって、夜はお風呂に入れれば、それで最高です。当たり前の日常がいいんじゃないでしょうか。金銭欲もないし、痛いところもなくて、三食食べられれば。普通に越したことないですね。
子育てしてるときは、困ったこともありましたけど、うれしいこともありましたね。かほるは、体が丈夫だったから病院に長い間入院したり、お医者さんにかかったりって困ることなかったのが、今考えれば最大の幸せですかね。
私が仕事を持ってましたから、お姉ちゃん(お手伝いさん)にいてもらったんですけど、とってもいい人で、かほるをかわいがってくれましてね。安心して任せておけたし、私も困らず、お勤めができました。仕事が終って帰ってくると、角のところが歯医者さんで、その2軒隣が私のうちなんですけど、家の前で近所の子5、6人と遊んでるんですね。鬼ごっこしたり、地面に何か描いたりして。私が角を曲がると、一番最初に見つけるのがこの子なの。「ママちゃん帰って来たー」って3、4歳の子がつんのめりそうになりながら走ってくるのを今でも覚えてますね。「ママちゃん、帰って来たー」ってうれしそうな顔してました。やっぱり、親子の愛情っていうか、そういうの感じますよね。
お姉ちゃんもいい人で、主人が大阪に転勤になったときも、お姉ちゃんをよそにやるのがもったいなくて、一緒に行かないかって誘ったんですよ。それほどいい人でした。わが家で一生懸命やってくれて、かほるをかわいがってくれてね。
それから、私とかほるは大阪に行ったんですけどね。大阪に行っても、近所の人がとてもいい人でした。歯医者さんの家が近くにあったんですけど、偉い歯医者さんだからみんな遠慮して行かないんですね。私はそういうの知らないから、普通にお伺いしてました。そこの歯医者さんご夫妻もよくしてくれて、かほると毎日のように行ってました。いい方たちに恵まれましたね。
大阪で住んでいたのは、主人の会社の分譲地なんですよ。誰も住んでないと困るからって住んでたんですよ。ぜいたくなお家で、和室も洋室もありましたし、立派でしたよ。そこに住まわせてもらってね。近所の人たちが、あんないい家に住んでるんだから、いい人たちだろうってよくしてくれたんですね。
郵便局へ送金しに何回かかほると行ったんですけど、窓口のおじさんが、「ねーちゃん、幸せやなー」って言うんです。「幸せやなあ」って。初めは何のことか分からなかったけど、一人っ子でかわいがられて幸せやなって言ってるんですよ。いまだに忘れられないですね。関西弁だからピンとこなかったんですね。言葉って難しいからね。
田んぼの中の一軒家だから、近所でいちじく、リンゴ、いろんな果物が採れるんですね。そういうのをザルいっぱいに持って来てくれて、おあがりなさいって言ってくれたりね。とっても恵まれてましたね。
Family’s Photo
編集後記
大岩律子さんのオリジナルの雑誌がついに完成しました。楽しそうな幼少期から、保健婦、助産婦として働き、さらにはご自身でホテルまで経営されたお話に、ただただ圧倒されていました。お仕事に、趣味にとまい進されてきた、律子さん。そんな律子さんのことが少しでも子の雑誌から伝わればこんなにうれしいことはありません。このたびはありがとうございました。
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