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THE三浦榮子

平成30年11月発行 / 埼玉県在住・大正6年生まれ

外国旅行の思い出

 暁子は大学でピアノを教えていましたけど、6年勤めると2年休職できるという制度があって、それでパリに留学していたことがあったんです。パリにいる暁子から電話がかかってくるうちに、だんだん私も行きたくなってきてね。初めは1人で行こうと思っていたんですけど、鈴子の友達も一緒に行くことになって、ツアーに入って行きました。そのとき、鈴子もずっとパリにいたから、4人で会ってね。それが最初に行ったパリで、私が60歳くらいのときのことでした。

 その後、昭和60年からの十数年は、暁子と2人で毎年ヨーロッパを旅行しました。暁子の大学の休みの期間を利用して、冬と春の安くて空いている時期を狙ってね。いつも最低2週間は行きましたよ。

 行き先を決めるのはいつも暁子でしたね。ヨーロッパは、北欧、東欧を除いてはほとんど回りましたよ。トルコやギリシア、スペインにも行きました。でも、やっぱり一番よく行ったのはパリですね。

 最後のほうはパリ中心に、ツアーではなくフリーで行っていました。飛行機とキッチン付きのホテルだけ予約して、自由に動き回りました。メトロとバスの定期券があるからそれを買って、足が疲れるとバスに乗って、好きなところで降りてはまたいろんなところを巡るんです。美術館に行ったり、オペラ座でバレエを見たり。食事は、街角でおかずを買って帰ってホテルで食べたりしてね。そんな旅行を楽しみました。パリには何度も行ったから、全部合わせたら何カ月間かはパリに住んだことになるかしら。

 ニースに行ったときは、いろんな人にとても親切にしてもらった思い出がありますね。現地の人におすすめの場所を教えてもらって、そこに行こうかとなったんですが、その人がわざわざ「この人たち旅行者だから、あそこまで連れてってあげて」って若い人が運転する車を止めてくれて、その車で連れていってもらえることになったんです。車に乗せてくれた若い人たちも親切で、帰り道まできちんと教えてくれてね。あのときはみんなが優しくて感激しました。それから、マルシェでおいしそうなカキを買って食べていたら、あっちからレモンがきたり、こっちからワインがきたりしてね。向こうの人はみんな親切よ。それに比べると日本はだめね(笑)。

 シャガールのお墓に行ったときは、花束を持ったムッシュと会って一緒に写真を撮ったりしたこともありました。フリーで行くと、そういういろんな出会いがあるから楽しいんですよ。暁子はフランス語が話せるから、通訳してもらえるしね。

 向こうはパンでもチーズでも食事がおいしいわね。私は洋食のほうが好きだから、旅行していて日本食が恋しくなることは全くないんです。国内もいろんなところに行ったけど、どちらかといえばやっぱり外国のほうがいいかしら。でも、どこでもやっぱり行ってみなきゃだめね。こうやって話していたら、また旅行に行きたくなってきたわ(笑)。

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