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THE金子徹

平成29年8月発行 / 静岡県在住・昭和6年生まれ

金子徹の“幸せ”に迫る

 やっぱり自分がこうしたいなってことをできるのが幸せなんじゃないでしょうか。初めは教職として、38年間一所懸命勤めたわけですが、余生が長いわけですよ。そういうとき、どうすればいいか考えました。そのとき、学生時代にやっていた俳句をもう一度できればと思ったんですよ。そうして、いい先生に出会って、再開できたことが幸せですね。

 俳句をやりたいというのは心の中にずっとあったんですが、私は不器用なほうで、ひとつのことに熱中したら、他に手が回らないんですよ。教職のときは、教職だけ、『一所懸命』。一生懸命ではなくて『一所』ですね。鎌倉時代の言葉ですが、ひとつのところを懸命にやるという。今風に言うと、与えられたひとつのことを必死でやろうと。それが信条でしたから、教職時代は余裕がなかったんですよね。

 やっぱり、自分の思ったことを言葉で表現できるのがいいんですよね。それが俳句を作る幸せだと思います。誰しもその瞬間、良かった、素晴らしいって思いますけど、そのときの気持ちを言葉で残したいんですよ。もちろん、写真でも残りますけど、俳句のほうが思いが込められますから。

教師として感じた幸せは?

 生徒との関係ですかね。生徒であり教師でありますけど、一期一会のそのときのつながりですからね。むしろ卒業してから感じることが多いんです。「あのとき先生から教わったことを覚えてる」って言われることが何度もありました。人との縁、つながりは大事にしてきたつもりです。生きていれば出会いがありますから、これからも、つながりは大事にしていきたいです。

 教職のときも、いろいろありました。私が初めて担任した3年生の生徒が、学校にお金を納めてないって事務の人に言われてね。その生徒にも聞いたんだけど、それは親も分かっていて、「納めることができないと思う、卒業できないですかね」って聞かれたんです。だから、「心配しなくていい、僕が立て替えておくから。就職してお金ができてから返してくれればいいよ」って答えたんです。私もそんなことすっかり忘れてしまっていたんですけど、20年くらいたったとき、学校で「先生を訪ねてきている人がいます」って言われたんです。そしたら、その生徒でね、長い間ありがとうございました、お金を返しに来ましたって。そんなふうに思ってくれていたんだと、うれしくなりました。そんなことで、生徒との関係から、つながりを大事にしようと思うようになったのかもしれないですね。

ご家族へのメッセージを

 とにかく、まず健康であってほしいということ。自分のやりたいこと、希望してることを全うしてくれればいいなと思います。子どもたちが小さいころは、面倒見たつもりですが、教職でしたから、働いている背中を見せることぐらいしかできませんでした。子どもたちには本当に良いことができたのかなと、親としては足りないこともあったんじゃいかと思ったりします。

Family’s Photo

ご家族メッセージ

家族の宝物がついに完成いたしました。
いつまでも、お父さんの思いを受け継いでいきたいと思います。
ありがとうございました。

家族一同

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