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THE金子徹

平成29年8月発行 / 静岡県在住・昭和6年生まれ

あと2年で米寿です

 今日は私どもの結婚記念日なんです。58回目です。それでうれしいことに、あと2年で米寿を迎えるんですよ。夫婦そろって。家内はひとつ年をまたがって1月生まれですが同学年ということで、同じ年に米寿を迎えます。結婚58年で86歳。あと2年で米寿です。ダイヤモンド婚にもなるので、子どもたちに2人とも元気でいたらお祝いをしたいと言ったら、もちろんということでした。きょうだいや子ども、孫を集めてね。それまで夫婦元気でいよう、丈夫でいようと思っています。

 家内は大病はしていないんですよ。僕らくらいの年になると、家内の足が悪くて外に出歩けないとか、家内を介護している友達がたくさんいるんです。家内を介護するのは大変ですから、元気でいてくれるのはありがたいです。そしてうれしいことに、結婚したときの教え子たちがもう75歳ぐらいになるんですけれど、先生の米寿のときには同窓会を開きますと約束してくれました。

 みさ子は結婚の次の年の4月に生まれました。みさ子の名前は、初めは、漢字で美紗子にしようと思って、区役所に持って行ったんですが、この漢字は使えないと言われ、困って、じゃあ平仮名にしようということになったんです。娘に平仮名にするなんて、と言われていますが。自分が東京にいれば、区役所に行けたんですが。実家の方で家内は出産したんです。実家の母が届けを出したときに、この漢字は使えないと言われて、どうしようかと電話で話す中で平仮名になったんです。みさ子という名は、女生徒からもらいました。美佐子さんという成績が良くて綺麗な女生徒がいたんですが、こういう子に育ってほしくて、あやかったんですよ。

 隆浩は「たかひろ」と読みます。昭和38年に生まれました。みさ子とは3つ違いです。ちょうど同じ年に、空襲で焼けたままだったおやじのお寺が復興したんですよ。大阪のお寺の落慶式に生まれましたので、その寺の繁栄も考えて付けました。

 みさ子は、どっちかっていうと自分の気持ちが強い子でした。私は2人をよく叱ったんですが、みさ子はごめんなさいと言わないんです。隆浩はすぐごめんなさいと言うんですけどね。今でもみさ子は行動的で、お父さん今日は丹波に行ってきたよ、お父さんの通っていた高校も行ってきたよと言ってくれます。みさ子は小学校のときに、丹波の川で泳ぎを覚えたんです。そんなことを思い出して行ってきたと。1人でどんどん行動します。写真も撮ってきてくれました。高校も立派な建物に変わっていましたね。

 隆浩は、器用な世渡りができるほうじゃないが、仕事は熱心にやる性格です。お父さんのように先生になるかいと聞いたら、「嫌だな、お父さん見ていると忙しそうだし」と、私とは違った仕事をしています。

 孫はそれぞれ2人ずついます。もうとっくに成人していますし、4人のうち3人は結婚しています。この間、孫娘の結婚式に行ったんです。結婚式もずいぶん変わったんですね。自分たちでステージを作って、勤めているところの楽団で演奏するんですよ。孫はマイクを握って歌っていましたが、初めて見た孫娘の歌いぶりに驚きましたね。

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