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THE阿野昭三郎

平成28年7月発行 / 埼玉県在住・昭和18年生まれ

仕事のポリシー

 大袈裟なことじゃないんですけど。私の親父がよく言ってた言葉で、「誠心誠意」という言葉が焼き付いているんですよ。人間関係は、父親に教わったんですよ。最南端の港町だったんですけどね、親父は人のために尽くした人です。人との付き合いというのは親父の影響なんですね。ただ、商売に関しては母親の血を引いているんです。親父がお金を稼いだというのは、知らないんです。母はお金には厳しかったですねえ。

 私の基本的な仕事のポリシーというのは、まず人を裏切らないこと。裏切ったら倍返しされるのが世の常ですね。筋を通して、誠心誠意をもって、一所懸命と。それを基本としてやってきたんですね。何事をやるのにも、ポイントを決めて、誠意をもってちゃんと筋道を通してやってきたのが私のやり方です。やるからには目的をもって走り始めると。社員には行動目標を作らせたんです。1人1人作らせて、発表させて、翌年の計画を発表させる。それに対してハイタッチしたり、いろいろやりました。今の目標は、例えば資格を取るとかが多くなりましたけどね、それはそれでいいと思っているんです。時代は変わったなと思いますが。私のやることに関しては、目的があるんですよ。そうでないと私は走れない。ただ気持ちを相手に接して攻めていくと。

 いろんな人間見てますけど、私も裏切られたりしましたけど、裏切った人間で、成功した人間はいません。いろんな社員とかお得意さんでも、いろいろいますからね。でもそういう人は自分から潰れていきますね。だから自分は、誠心誠意をもってやりなさいということでやってきましたね。現役のころは、数字が完璧に見えてました。師匠に教えてもらったことを実践して、やってきました。本当に車1台分でスタートした会社ですからね。兄貴と5人でスタートしたんです。3人、現場の見習いに行きました。その中で一番最初に独立させてもらったんですけどね。独立してすぐに兄が発病しましたからね。3か月と言われたんですよ。それが2年もってくれたんでね。毎日、仕事終わってから病院にいって殴られてました。慶應病院に行って、報告すると、そのときは未熟ですから。徹底的にやられました。「人の手帳を盗んで来い」という兄でしたから。綺麗に手帳を整理する人というのは、学べるところがあるということ。そういう兄貴でした。

 高度成長になる手前ですから、倍々ゲームにいったんですね。一番苦労したのは、そのときの社員関係でした。昭和48年に新宿から引っ越してきたんですね。アパートを借りて寮に引っ越して。ほぼ100%埼玉に来てくれましたんで。そのときはやりがいあるときでしたから。苦労したのは給料やら、労務です。本当に倍々ゲームでしたんで。兄貴がいたころは1万5千円くらいの給料。それが埼玉にきたころは3万円。その後数年で5万円になりました。そのころはタクシー会社とうちの業界が一番給料がいいと言われました。うちの会社は朝が早いんですよ。仕事の苦労は当たり前で、社員との労働環境の話とか、給料とかね。非常に苦労しましたね。1対30の勝負なんてやりましたから。その時期を乗り越えて、なんとか業績も上がっていって。それなりの動きになっていったと。それが心労だけど、ただ仕事の辛さはなかったですね。苦にならない。仕事がないのは心労になります。でもそういう時期はなかったですから。社員にも恵まれたし。いい社員がいると燃えるわけです。こちらも負けられないと。知らないからできるということもあるわけですよ。

 苦しいというよりも、喜びのほうが大きかったですね。一番楽しい時期というのも、そのころですね。旅行も、家族旅行でした。社員の家族も連れてということで。ほとんど私はおっかけで行ってました。私は残念ながら酒が飲めないですから、つきあい難しかったですけどね。一度無理に飲んで救急車乗りましたけど。それも思い出ですね。一番いいのは、社員の笑顔ですね。喜んでくれるのが一番うれしい。だからやりすぎてしまって、今も妻に怒られてしまいます。

 私は父親と母親の影響を受けてます。母親は厳しかったですね。長櫃に入れられたり、お灸をすえられたり。親の財産、私が兄姉に分けましたけどね。末っ子は大変です。みんな見送らなきゃならないから。親孝行はしましたよ。母親は私が結婚した年に亡くなって、父親は私の家で死にましたから。かみさんの両親も私の家で亡くなりました。そういう意味で親孝行だけはしないと、というのでやりましたね。心労は、社長なら同じように味わう。金の事やら営業やら。でもそれは心労ではなくて。人間関係が大事で、一番苦労する。人間関係は、私が一番大事にしてきました。頭も下げて、何回机にぶつけたか。母親が言ってました、頭下げるのはお金かからない。ありがとうで始めて、ありがとうで終えてね、と。私はそれでやってきました。

 その時代がまた変わって、旅行やるにしても、手を上げる人間は最高のところに連れて行く。そうじゃない人間は放ったらかし。そういう時代ですね。これからについては、息子に任せます。私の人生がいい人生かは分かりませんけど、いついなくなってもいいという環境づくりはしました。あと、病気はやっちゃダメです。人生の最優先は健康。透析やってるでしょ、耳が聞こえないでしょ、悲惨ですよ。ただ、感謝してますよ。病院で一銭もかかりませんから。これは病気になると分かりますよ。これが日本のいいところですね。今楽しいのは、病院に行くことなんです。冗談言ったりするのが楽しくてね。そうやって話をするのが楽しいんです。仕事人間は生涯現役でないと、と思いますね。でなければ趣味を持てと。体を大事にしてください、と言いたい。でもこれはならないと分かりません。

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