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THE嶋田稔

令和3年12月発行 / 静岡県在住・昭和12年生まれ

朗らかな家庭を築いてほしい

 私は小学校4年生のときに母を亡くしたので、さびしい思いもしました。だから、息子や娘には朗らかな家庭を築いてほしいと思っています。

 息子は清水市からお嫁さんが来てくれて、順調に生活しています。子どもは、男の子が3人います。息子の結婚式で覚えていることがあります。私は自分の思いを短冊につづって、会場で何人かの人に渡したんですよ。参列者は、知り合いが多かったということもあって、喜んでくれました。そうしたら、みんなが「それください、それください」と言ってくれましてね。内容はたいしたことがないんだけど、気持ちが込もっていたから、心に響いたんじゃないかな。

 一番上の孫は、東京の大学に通っていて、来年卒業します。私が社長を退任し、会長に就任するときに、「社長さんありがとうございました。会長になってもホテルを守ってください」と、手紙を書いてくれました。二番目の孫は、秋田県にある大学の2年生です。歴史は浅いけど、非常に評判がよくて、急激に伸びている学校ですね。そこで、ラグビーをやっています。三番目の孫は、今、高校生です。孫は3人とも、息子と同じ学校に入学し、高校で寮に入りました。3人とも順調に成長しています。ですが、みんな外に行ってしまって、うちに誰もいないのはさびしいですね。

 孫たちの名前には、全員、息子の名前と同じ「朗」がついています。息子の名前「愼一朗」は、「愼み深い朗らかな家庭を」との願いを込めて、つけたんですよ。娘の子どもにも、「朗」がついてるんです(笑)。みんな、私の願いや子どもへの思いを感じてくれているんでしょうね。

 娘は山梨にお嫁に行って、男の子と女の子の子どもがいます。娘の夫は、もう亡くなりましたが、生まれ育った地で娘たちが生活ができるように、家を作ってあげました。

 家内が亡くなって17年たち、私は84歳になりました。毎日、掃除と洗濯、食事を全部1人でやっています。たまに記憶がパッと出なくなっちゃって困ることもありますが、今は体を鍛えたいと思っていますね。そのために近くのスポーツジムの会員になって、プールの中で歩いているんですよ。

 私は伊東から熱川に来たけれど、熱川でも、自分が思い描いていたように暮らすことができています。伊東にも熱川にも友達がたくさんいます。近くには大きな公衆浴場があって、そこに行くと、同世代の知り合いに会えるので、お互いに声をかけあっています。仲間がいて、いろんな人に会えて、健康に生活もできています。ないのはお金と女房ですかね。

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