fbpx

自分史作成サービス「親の雑誌」お客様の声

祖父が立ち上げた家業をなくしたくないと思いました。

写真:お申込者の尾堤智様とおじい様の「親の雑誌」

お申込者であるお孫様(尾堤智様)にお話を伺いました。

【尾堤智様プロフィール】

1990年生まれ埼玉県出身。幼少の頃より病気を患い入退院を繰り返すが、医師から「無理のない運動を」と勧められ野球を始める。そこから野球に没頭し体調も良くなる。 2013年に獨協大学経済学部を卒業後、家業を継ぐ前提で修行のため仙台市の経営コンサルタント会社に就職。2018年に佐野市の会社に転職し多くの業種を請け負う。 2022年ごろから家業の仕事に携わるようになり、現在は家業の新業態ヨーグルト店の店主を務める傍ら、佐野市でチームビルディング研修などにも取り組んでいる。

―おじい様のために、「親の雑誌」を申し込んだ理由を教えてください。

祖父が体調を崩したことがきっかけで、私は祖父と同居し、2人暮らしが始まりました。その時に、祖父が自分の年表を書き始めたんですよ。雑紙(ざつがみ)に書いているのを見て、形にしてあげたいと思いました。方法を模索している時に、友人のSNSで「『親の雑誌』を作るために、都内でインタビューを受けた」という投稿を見てこのサービスを知りました。ウェブサイトを見て、自分でゼロから作るより、時間もかからないだろうし、料金も良心的だと思って申し込みました。

―「親の雑誌」を作りたいと伝えた時、おじい様はどんな反応をされましたか?

最初は断られたんです。ただ、作りたくないというわけではなく「いや〜、いいよ〜」と照れ臭そうな雰囲気だったんです。興味は持ったようなので、私が口で説明するよりもと思い、ウェブサイトのトップにあるYouTubeの動画を見せたんです。そうしたら「作ってもいいよ」と言ってくれました。

―事前準備(プロフィール、年表の作成、掲載写真の準備)は、スムーズに進みましたか?

年表は祖父が作っていたものを参考にしました。とは言ってもきれいにまとまってはいなかったので、方々から情報を集めるのは大変でした。祖父から、仕事関係で絶対入れてほしい項目を伝えられたり、その事柄がいつだったかというのを調べたり、それらを50行に収めるという調整が大変でしたね。※年表は50行までとさせていただいていております。

掲載用の写真集めは、家族みんなが協力してくれましたが、選定が大変でした。祖父の写真という形でカテゴライズしておらず、イベントごとにフォルダーを分けていたんです。そこから祖父の写真をピックアップしたので時間がかかりました。でも、「こんな写真があったんだ」ということを家族も祖父本人も思い出すきっかけにもなったんです。お互いにとって面白い時間でしたね。

写真はある程度の量がありました。祖父は体調を崩すまでずっと現場にいましたし、仕事柄写真を撮られる機会もあったので。それに、父も私も写真を撮るのが好きなので、こまめに撮影していたんですよ。

写真の選定で、私なりに工夫したやり方があります。パソコンの画面上で見ているだけだとどの写真を選んだのか、満遍なく選べているのかが分からなくなるんです。それで、一度集めた写真すべてをA4サイズの紙に16分割ぐらいで出力し、出力した写真を見て◯✕をつけるということをしました。このやり方だと、どの写真を選んだのかが分かりやすかったです。

―制作中、ご家族とのコミュニケーションの量は増えましたか?

増えましたね。祖父の雑誌なので、孫の私は祖父の年表では後半に登場します。だから、年表の年月を確認するために「結婚は何年だった?」と両親に聞いたり、「この写真は何?」と祖父に聞いたり、写真の収集を家族にお願いしたり、コミュニケーションを取りながら進めていきました。

―インタビューを受けた後のおじい様はどのようなご様子でしたか?

実は、インタビューの翌日から祖父は手記を書き始めたんです。小さい頃のこと、兄弟のことなど、インタビューで話した内容を元により詳細な事柄をノートにびっちり書いていきました。映画で言うディレクターズカット版ですね。筆が乗っている時は、夜の11時半くらいまで書いていました。結局書き終わった時、200文字詰め原稿用紙で50枚以上になりました。それは私がテキスト化したので、印刷する予定です。 インタビューを受けて、どんどん熱があがっていったんでしょうね。インタビューがあったから手記を書き始めたんだと思います。

―「親の雑誌」が完成した時のおじい様の反応は?

恥ずかしそうにしながらも「どこに配ろうか」と配布先のリストを作り始めました。来客があった時にも「手前みそで恐縮ですが……」と言いつつ、配っていましたね。雑誌は最初に50部申し込んでいたのですが、結局足りなくなって100部増刷し、今も配布しています。 家族もみんな喜んで、それぞれがいろんな所へ配りました。

―「親の雑誌」制作を通して感じたことがあれば教えてください。

祖父の人生について、大変な時代を生きてきたこと、ゼロから家業を立ち上げたことなど、なんとなく聞いたことはありました。ただ、戦争の話や家業での苦労話などは知らないことが多かったです。孫の私だけではなく、父も知らない話があったようです。祖父のこと、家業のことを知るきっかけになりました。私自身は、改めて祖父が立ち上げた家業をなくしたくないと思いました。

祖父の雑誌では、両親へもインタビューしてもらいました。祖父の家業を父が継いでいるので家業の話が多かったですが、次の世代である私には仕事をする上で知ることができて良かった内容でした。インタビュアーさんが聞き上手であるからこそ、普段聞けないことが聞けたんだと思います。最終的に「雑誌」という形に残るものができましたが、それ以上に残るものがありました。

―今回はご要望をいただき、表紙のタイトルをおじい様の手書き文字にしました。

祖父は書くことも好きですが、達筆でもあります。祖父が書いた字を使った商品デザインもあるんですよ。そういったことから、表紙に祖父の字を入れたいと思ったんです。名前ではなく、祖父の座右の銘を入れるという選択肢もありましたが、いろいろ試してやはり名前にしよう、となりました。祖父には、自分の名前を何回も書いてもらって、その中から一番良いものを使いました。

「親の雑誌」のオプションは複数ありましたが「表紙タイトルに手書き文字を使用できる」を加えたほうがいいと思いました。手書きならではのあたたかみが生まれるんですよ。「親の雑誌」の文章は口語体ですよね。そこにもあたたかさを感じて気に入っていますが、さらに手書き文字が表紙になっていると相乗効果でよりその人らしさを伝えられると思います。※表紙タイトルに手書き文字を使用にご興味がある方は、お申込時にお知らせください。

―「親の雑誌」制作を振り返って、どのような点がよかったですか?

「親の雑誌」はフォーマット化されているからゼロから作るより安価です。ただ、私の場合は、表紙タイトルを手書き文字にしたり、両親へのインタビューも行ってもらったりしたので、決まったフォーマットがありつつも、できる範囲で融通をきかせてもらえました。そういった意味でも感謝しています。

「親の雑誌」に興味がある人は多い気がして、実際に私はいろんな人に勧めているんですよ。「ゼロからこういう雑誌を作ると考えたら、安い」「申し込み側の仕事量は多いですが、丁寧に対応してくれる」「聞き上手なのでインタビューでいろんなことを聞き出してくれる」と伝えています。 丁寧な対応もしていただき、形に残る以上のものを残してくれました。私は、祖父の「親の雑誌」をつくって大満足です。

 

▶『親の雑誌』資料請求はこちら

▶『親の雑誌』お申し込みはこちら

ご利用者様の許諾をいただいて掲載しております