親の雑誌ブログ

終戦記念日にあたって 2018 -戦争は終戦日には終わらない

2016年、2017年と、8月15日にブログ記事を書くようにしてきました。

今年は3回目です。

終戦記念日にあたって 2016

終戦記念日にあたって 2017 終戦のイメージ

今回はちょっと嗜好を変えて、終戦記念日の後について書いてみたいと思いました。

自分史から見える「戦後まもなく」の姿

自分史に出てくるサツマイモの思い出

「親の雑誌」で自分史を書くために高齢者の方にお話を聞いていて気づかされたことがありました。それは、

戦後の方が、戦時中よりむしろ食糧事情は悪化した

ということ。

地域差や、地域の中での立場による違いも大きかった様子なので一概には言えませんが、敗戦により供出の強制力に限界が生まれ、少なくない量が闇市などへ流れたり、

海外へ派遣されていた兵隊さんたちが帰って来たりなどの事情があったのでしょう。

米軍による支援などもあったのでしょうが、ずいぶんと苦しい時代があったと、いろんな方からお話を聞きました。私の感覚では半数くらいの方が、むしろ戦後の方が大変だった、とおっしゃっているように思います。

特に農地解放の結果、もともとの田んぼを手放さざるを得なかった方々の暮らしは相当に大変だったようです。真面目な方や、正義感を持っているご家庭ほど、正直に対応をして、結果すべてを失ったり本当に苦しい生活になることもあった様子。

今でもサツマイモが嫌い、という方が高齢者の中には案外多くいらっしゃいますが、当時、サツマイモばかり食べさせられた思い出とつながっているそうです。

こんな話もよく聞くと、戦後のお話だったりします。

戦争は終戦日には終わらない

自分史で語られる戦後の苦労

そう考えて、私は大きな勘違いをしていたことに気づきました。

食糧事情に限らず、満州や中国、朝鮮半島からの引揚やシベリア抑留など、戦争が終わってから大変につらい思いをしていた方も多かったのです。樺太では8月15日、その日に大きな空襲があったともお聞きしました。引揚の頃のお話を聞くと、毎回胸が痛くなります。兄弟と別れ別れになったり、亡くなってしまうお話もたくさん聞きました。

シベリア抑留のお話は、生き残った方がこれだけ辛そうにお話するのだから、実際に現地で亡くなった方はどれほど無念で、つらい思いをしていたのだろうか、想像もできません。

戦争というものが、ある日始まってある日終わり、それから先は平和に向けて前向きに進む。そんなことばかりではない、という当たり前のことに今更ながら気づかされます。

むしろ、戦争というある種の高揚感をもたらすものがなくなり、喪失感の中で訪れるそうした悲劇の方が、個々の人間にとっては耐え難いものなのかもしれません。

高齢者の方のお話を伺っていると、そんなことを思わされます。

 

そして、とにかく戦争はしてはいけない、という事。

一度戦争が始まってしまえば、その後何年も、戦争を終わらせられたとしても、その後もさらに何年も、悲劇が作られていく。

それほど重大なことだと、改めて私たちは戒めなければならないと強く思います。

強い思いを受け継ぐ

祖母から孫へ思いを受け継ぐ

そうした辛い思いを経験されている世代の方々の努力で、日本は発展してきました。

これは紛れもない事実です。

私が考えるに、戦後生まれの私たち世代の多くは生まれてからそれほどまでに辛い思いをしたことがありません。根性や逆境に耐える力について、高齢者の方々にはとてもかなわないと感じます。

そんな私たちにできる、少しだけど意味のあることとは、そうした方々の思いを少しでも聞き取り、残し、次の世代に残していくことではないか。

そんな風に考えています。

 

株式会社こころみ 代表取締役社長 神山晃男

こころみ代表神山の写真

投稿日:2018年08月14日